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白羽の矢が立つの意味とは?二つの使い方とその由来!

高校野球のコーチをしている兄が、
今迄の強豪校から今度弱小校
担当になるということで、

家族で慰労会と新天地での
激励会を開いていた時の事
です。

酔いも手伝って饒舌になった兄が、

「今度の高校は県内で一度も
勝った事がないんだ。

そこで、俺にチーム再建のコーチ
として白羽の矢が立ったわけ。」

と嬉しそうに話をする兄の横で、
祖父が悲しそうにつぶやきました。

「お前、何でぇ嬉しそうに?みんな
引受けたくないからお前に白羽の矢
の矢が立った
んだろうに。

一回も勝てねぇような学校に
行かされてよぉ、損だなぁ
可哀想だこと。」

二人の「白羽の矢が立つ」の
言い回しが噛み合っていません

兄は自分のコーチイング能力が
評価されたため、

弱小チームを強くする事を期待
されて選ばれた、と言いたい様子。

それに対し、祖父は損な役回り
選ばれて可哀想と言う意味合いで
使っています。

白羽の矢が立つ、どちらが正解
なのでしょう?

そこでこの言葉の意味と使い方、
またその由来について
調べて
みました。


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「白羽の矢が立つ」の二つの意味と使い方

白羽の矢が立つの意味は、
大勢の中から選ばれる
という例えです。

もともとは、損な役回り
大勢の中から選ばれると言う
悪い意味で使われていました。

ですが現在では、能力があるから
こそ選ばれると言う良い意味として
も使われています。

悪い意味

  • 「犠牲者」という悪い意味として

    神様の怒りを鎮める為の生贄
    として捧げるように、

    神様が選んだ少女の家の屋根に、
    白い矢を立てた、というこの
    言葉の由来から、

    「大勢の中から犠牲者として
    選ばれる」という意味で
    使われます。

  • 使い方
  • 「まとまりのないPTAの新会長
    として白羽の矢が立ったのが、
    川田さんでした。」

    この場合、問題山積のPTAの
    まとめ役を担わされる「犠牲者」に
    川田さんが選ばれた、

    という使い方です。

良い意味とその使い方

  • 良い意味として

    「その人の能力が買われて、名誉
    ある立場に、大勢の中から選ばれる」
    という意味で使われます。

  • 使い方

    「今度の新設される知事肝入り
    の部署の新局長として、部長の
    秋田さんに白羽の矢が立った。」

    これは、秋田さんにとって昇級です。

    秋田さんの能力が評価され、多数の
    部長の中から名誉ある職に選ばれた、
    と言ういい意味での使い方です。

良い意味合いで使われる事が
多くなってきた現代では、

良い方か悪い方か、
どちらの意味合いでとるのか
なかなか難しいようです。

大変な役を任された「犠牲者
ととるか、

大変な事態を「上手く処理
できる有能な人」ととるかで、

意味合いは違ってきます。

「白羽の矢」の由来にまつわる二つ伝承

前に「白羽の矢が立つ」の語源
に少し触れましたが、

「犠牲者」と「選ばれし名誉ある者」
の二つの意味でそれぞれに由来
ある様です。

早太郎説話

長野県の駒ヶ根にある光前寺に屈強な
山犬が飼われており、名前は「早太郎」
といいました。

遠江(静岡県西部)のある村で田畑
が毎年のように荒らされるので、

村人達は神の怒りを鎮めよう
人身御供(じんしんごくう)に
村の娘を捧げました。

人身御供とは、天災などを神の怒り
と考え、その怒りを鎮める為に、
人間を神に生贄として捧げることです。

その生贄に選ばれた娘の家の
屋根には、白羽の矢が立って
いたとされています。

不憫に思った僧侶が、娘の
身代わりに寺から借りてきた
早太郎を差し出すと、

田畑荒らしていたのは神ではなく
大猿(ヒヒ)で、早太郎が激闘
の末にヒヒを倒し娘を救った、

という説があります。

この説では、大勢の中から
生贄として選ばれる、という
悪い意味で使われています。

能楽の「賀茂」

能楽の「賀茂」という作品では、
白羽の矢はよい意味、

つまり「名誉なことに選ばれた者
として登場します。

信心深い娘が、賀茂川で神様に
お供えする水を汲んでいたところ、
白羽の矢が流れてきました。

ちょうど水汲み場所の下で矢が
止まったので、娘が持ち帰って
家の軒下に矢をさしておきました。

しばらくして娘は懐妊し、男児
を出産します。周囲の人が男児の
父親はだれか尋ねると、

娘は白羽の矢です、と答えた
ところ、その矢は天に昇り、

別雷(べついかづち)の神
の姿になったのだとか。

白羽の矢を持ち帰った娘は、
選ばれし名誉ある者として、

神である子を授かった
ことになります。

まとめ

一つの言葉でも使う年代に
よって捉え方が違っている
事に、驚きました。

兄の激励会では、兄は現代風に、
祖父は本来の悲観的解釈
使っていたから

噛み合わなかったわけです。

その時の写真を見ながらそんな
事をぼんやり考えていると、

「ごめーん、車に置いて来た
60kgのお米運んでおいて。
台車壊れて使えないのよ。」

と母に用事を頼まれました。
台車無しであの重いの運ぶの?
駐車場遠いし、何で私が?

渋っていると、
「兄さん父さん外出中。母さん
ぎっくり、残るはじいちゃん。

柔道70kg以下級の選手の貴方
にしか
出来ないのよ。」

早速コメ担ぎで私に白羽の矢
立ちました。

明らかな雑用ですが、現代風に
解釈して気分上げて運ぼうと
思った次第です。


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